自己紹介のページでも書きましたが、私は工業大学を卒業して技術職の道に進みました。ちなみに私の父は今も個人タクシーの運転手をしております。ようするに、お寺や宗教というものなんて興味がないし、まして自分が僧侶になるとは夢にも思っていない、どこにでもいる東京の若者だったわけです。

 就職して3年ほど経ち仕事にもだいぶ慣れてきたころに、急な腹痛や下痢におそわれることが続きました。そのころ台湾に長期出張の話があり、心配になって総合病院の外来で診てもらいました。
 医師に病状を伝えると、その医師の顔色が変わりすぐに消化器科の検査室へ連れて行かれ・・・ 結果は潰瘍性大腸炎という難病でした。100万人に3人という確率だそうです。人生これからという25歳のときの宣告でした。

 みなさんは難病の人とであったり、話をしたことがありますか?少なくとも私はありませんでした。どこか遠い人のこと、テレビの中の話、運の悪い人・・・そんなイメージでした。
 しかし実際に自分がなってみると「運が悪かった」だけでは片付きません。宣告を受けてからしばらくは、仕事中でも「命」「生」「死」という言葉が頭から離れないわけです。幸い、この潰瘍性大腸炎という病気は、ペンタサやプレドニンという数種類の薬によって病気の進行を抑えられるということですが(決して完治することはありません・・・)「自分はいつまで生きられるのだろうか」「このまま仕事を続けられるのだろうか」そんなことばかり考えてしまいます。

 一番辛かったのが、「自分は結婚が出来ないんだ」ということでした。誰も進んで難病を抱えた自分と結婚はしてくれないと考えたんです。また逆に、好きな人に苦労をさせることを判ってて結婚を申し込むことなんてできないんです。あっ・・ということは自分には子供もできないんだなと。・・・・

 25歳のあのときの医師の宣告で、自分の描いていた将来が消えてしまいました。すぐに死ぬような病気ではないといっても、そして自分の体は生きていても、当時の自分の人生は死んでしまったんです。心も病んでいたんです。
 気力がなくなり、惰性で生きていたような気がします。これが重い病気にかかるということなんだなと、そのとき初めてわかりました。

 この病気について相談できる相手は少なかったのですが、学生の頃から友人だった女性に打ち明けてみると、「病気になったのはしょうがない、人は必ず死ぬんだし、それが明日かもしれない。それだけタバコを吸うなら肺がんで死ぬかもよ。とにかく人は与えられた命を一生懸命に生きるしかないんだから。」たしか彼女はこう言ったと思います。
 驚きました。普通は難病という言葉に対して、「がんばんなよ」とか「食生活に気をつけてね」という、当たり障りのないことくらいしか言えないものです。そしてどこか「あわれみ」というか「かわいそう」という感情が見え隠れします。
 彼女の言葉には全くそれがなかった。当たり前のように、あっけらかんと「命」について語ったんです。そのとき彼女の実家は島根県のお寺だということを思い出したのですが、いったいどういう育て方をしたのだろうと興味をもったのを覚えています。

 今から考えてみると、あのときの彼女にそして彼女の言った「与えられた命を一生懸命に生きるしかない」という言葉に、一度死んでしまった自分の人生を救ってもらった、そう思えてきます。
 しばらくして彼女と結婚することになります。そして彼女の父親、光善寺住職と出会います。私が島根に行って、結婚を許してもらう時だったか、結納のときだったか忘れてしまいましたが、住職と二人だけで話をする時間があり、仏教というものについて話をしてくれました。印象深かったのが「仏教とは縁である。世の中すべてが縁で成り立っている」という言葉です。
 両親のもとに生まれたのも縁ですし、友人や先生と出会い楽しかったり、苦しかったり、悲しい思いをしたり・・・それらすべてが「縁」なんです。そして今の自分の性格になり、今の人生があるんです。これからの人生があるんです。このとき初めて気づかせて頂きました。
 その「縁」というものをくださるのが阿弥陀如来であり、すべての「縁」に感謝する気持ちが私の言葉になって出るのが「南無阿弥陀仏」なのです。

 住職から僧侶にならないかと誘われて、初めは自分にその資質なんて無いし、人前で話をするなんて無理に決まっていると思っていましたが、一度死んで救ってもらった人生ですし、僧侶にならないかと言ってもらえる人は世の中にどれくらいいるのだろうと考えたとき、すごい「縁」を頂いたのだなあと思いました。
 まだ僧侶になって日が浅いですが、仏教というものと出会い、残された人生を前向きに生きることを気づかせて頂いたという経験を生かし、微力ですが少しでも多くの人に浄土真宗の教えを伝えてゆきたいと考えています。

    浄土真宗本願寺派
      つくば布教所 光善寺 専従員:塚田篤史     2003年4月
僧侶になった理由